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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)1854号 判決 1958年5月06日

原告 是川繁松

被告 大阪市

主文

被告は原告に対し金一七六、七四四円及びこれに対する昭和三一年五月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金七八二、七四四円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二九年一一月二〇日、訴外森山重雄から当時所有の大阪市東区住吉町三六番地上、家屋番号同町第六五番の二、木造瓦葺平家建店舗一棟建坪二五坪(たゞし公簿の上では一一坪八合八勺、以下本件家屋という)を買受け、同月二二日、大阪法務局登記受付第二四七五三号をもつて、原告のため売買による所有権取得の登記を経由した。

かくて被告大阪市(以下被告市という)の家屋台帳にも本件家屋の所有者は原告と登載され、同家屋に課せられる昭和三〇年度の固定資産税の納付令書も原告にあて送付されていた。

二、然るところ右森山は、原告が本件家屋を取得する前の昭和二九年一一月一日付で、被告市から固定資産税の滞納による処分として、本件家屋につき差押の執行をうけていたが、その後被告市は右家屋の最低競売価格を一二〇、〇〇〇円と評価して競売を実施し、昭和三〇年一二月二四日、訴外乾実において、これを代金二一四、〇〇〇円で競落するに至つた。

三、しかしながら本件家屋はその敷地の賃借権を含めて、時価を評価すれば最小限度八二〇、〇〇〇円の取引価値を有するものであるから、被告市がこれを競売に付するにあたり、前記のごとく一二〇、〇〇〇円と評価したのは、重大過失に基因するものであるから、被告市は、これにより所有者たる原告に加えた損害として、右八二〇、〇〇〇円の正当価格から、訴外森山の滞納徴収金、滞納処分費計三七、二五六円を控除した差額七八二、七四四円を返還すべき義務を有するものである。

よつて被告市に対し右差額金七八二、七四四円とこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、

立証として、甲第一ないし第五号証を提出し、証人大西清の証言及び鑑定人清水久米治の鑑定の結果(第一、二回)を援用し、乙第一ないし第三号証の各成立を認め、同第一号証を利益に援用し同第四号証の一、二は官署作成の部分のみ認め、他は知らないと述べた。

被告市指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

一、原告主張の事実のうち三記載の事実を除いてその他の事実(一、二記載の事実)はこれを認める。

二、原告は、被告市のした本件家屋の評価は著しく妥当性をかき、原告の権利を侵害するものであると主張するが、原告自身も認めているごとく、原告の所有権取得は、被告市のした本件家屋に対する差押よりも遙かに後のことであつて、それ以前ではないところ国税徴収法第二八条によると「物件の売却代金はまづ滞納処分費及び税金の支払にあて、残余の存するときこれを滞納者に交付する」と定められているので、この規定の趣旨から推測して考えると国税など公租公課の徴収にあたり、滞納者の財産に対し、公売を前提とする差押実施の後はもはや当該滞納者は他人のために右財産を目的とする売買、権利の設定等をなす処分行為はこれを許されないものと解するのが相当である。従つて原告がたとえ前記のごとき差押を知らずして訴外森山から本件家屋を買受けたとしても、被告市の関係では所有権の取得を対抗しえないから、被告市に対し残余金の返還を求める権利を有しない。

三、また、地方税法第三五九条、及び同法第三四三条によると、固定資産説(本件では家屋税)は当該年度に属する一月一日現在の家屋台帳若しくは家屋補充課税台帳に登録の所有者に賦課し、これを徴収する建前になつているところ本件家屋の競売において、訴外乾実が、これを競落し所有権移転の登記を完了したのは昭和三一年一月一八日であつて、同年一月一日現在の家屋台帳では原告が所有者として登録されていたので、被告市は前記地方税法の規定に従い同年度の固定資産税を原告に賦課徴収する令書を交付したまでで、不当の課税処分であるということはできないし、また、これがために、原告へ本件競落による残額を還付しなければならない根拠にもなりえないから、原告の本訴請求には応ずることができないと述べ、

立証として、乙第一号証、同第二号証の一ないし六、同第三号証の一ないし三、同第四号証の一、二を提出し、証人酒井武男、同中島昭市の各証言を援用し、甲第一、第二号証、同第四、第五号証の成立を認め、同第三号証は知らないと述べた。

理由

訴外森山重雄が被告市に対して家屋税の納付を怠り、昭和二九年一一月一日被告市から本件家屋の差押をうけ、次いで昭和三〇年一二月四日該家屋の最低競売価格を一二〇、〇〇〇円と評価して競売に付した結果、訴外乾実においてこれを二一四、〇〇〇円で競落したこと、原告が右差押後競落までの間の昭和二九年一一月二〇日、右滞納者森山から本件家屋を買受け、同月二二日、大阪法務局登記受付第二四七五三号をもつて、所有権取得の登記を経由した事実はいづれも当事者間に争のないところである。

そこで、このような場合に、競落代金より滞納徴収金、滞納処分費を差引いた残余金はこれを滞納者へ還付すべきであるか又は競落のときの所有者へなすべきかについて争があり、被告市は債務者がその財産に対し滞納処分の実施として差押をうけたのちは、差押財産の処分は許されないから、右に違反して差押財産を買得した原告は当該差押の実施者である被告市に対し所有権を主張することができないと抗争するので考えてみるに、国税等の徴収のために行われる滞納者の財産の差押、競売も、一般私法上の債権の実現のための差押、競売もひとしく、債権の充足のための方法手段であつて、その本質的性格に逕庭があるわけではなく、たゞ両者弁済の順位において先後優劣の差が存するのみであるから差押の後に当該財産を取得したものは差押債権を負担する形の財産を譲受けるにすぎず、したがつて、競売の実施により場合によつては、なんらうるところもなく所有権を失うにいたる危険のともなうことをも当然予想すべきであるが、そのことのゆえをもつて差押財産の処分を制限すべきいわれはない。したがつて原告は被告市のした差押財産たる本件家屋を滞納者森山重雄から有効に取得したものと解すべく、これと異なる見解にたつ被告市のこの点に関する主張は排斥を免れない。

また、被告市は地方税法の規定をたてに、原告に昭和三〇年度の固定資産税を賦課しながら、窮局において競売当時の原告の所有権を否認し、訴外森山重雄への競落残金の還付を正当化しようとするが、その根拠として援用する地方税法第三五九条、同法第三四三条はたゞ徴税の便宜もしくは簡易化のために、固定資産税の賦課期日を当該年度の初日の属する年の一月一日とし、同日現在の固定資産台帳及びその補充課税台帳に所有者として登録されている者に課することを定めたのにすぎず、その前後における当該財産の所有権等の変動に関する実体的内容にまでふれたものと解することができないから、該規定のあることを理由に本件競売当時における原告の本件家屋に対する所有権を否定せんとする右主張もまた採用するをえない。

以上の理由により被告市は本件競落より生じた残余金はこれをその当時の所有者である原告に還付しなければならぬ義務があるので、つぎに右競売当時の本件不動産の価格について検討する。原告は本件家屋は昭和三〇年一二月二四日の競落当時、その敷地の賃借権を含めて、時価少くとも八二〇、〇〇〇円の価値を有していたと主張し、鑑定人清水久米治の鑑定の結果を援用するが、成立に争のない乙第三号証の一ないし三、官署作成の部分に争がなく、その他については証人中島昭市の証言により真正に成立したと認める乙第四号証の一、二の各記載及び同証人の証言によれば本件家屋はさきにも述べたとおり、競売により競落人乾実の手に渡り、その後転々売買せられて訴外竹寅株式会社の所有に帰し、同会社は昭和三〇年四月頃、工事請負人中島昭市に依頼して木造瓦葺平家建店舗の本件家屋に改築及び増築の附加建築をなし、これを木造セメント瓦葺二階建店舗延二〇坪六合九勺の家屋としたことが認められ、鑑定人清水はこの増改築の完成した本件家屋を空屋として時価を算出し、八二〇、〇〇〇円と鑑定した経緯を窺い知ることができる。証人大西清のこの点の証言は前記証拠と対照してたやすく信用しがたく、他に認定を左右するに足るべき証拠はない。

しかして成立に争のない甲第三号証、乙第一号証及び当裁判所が真正に成立したと認める甲第三号証の各記載によると本件家屋に対する被告市の評価額は昭和三〇年度において、三一七、一〇〇円翌三一年度は未登録の木造亜鉛葺平家建物置建坪五坪を含めて、三九〇、〇〇〇円とそれぞれその家屋台帳に評価登載され、鑑定人佃順蔵もまた昭和三一年度における右家屋の取引価格を右評価と余り差のない三二五、〇〇〇円と算定評価しているところからみて前記競売当時の本件家屋の時価が八二〇、〇〇〇円であるとの主張はとうてい採用することができない。むしろ右認定にかかる価格に、証人大西清、同酒井武男の証言によつて認められる本件競売の当時には滞納者森山重雄が本件家屋に居住していて、空家の状態ではなかつた事情とを彼是斟酌すると被告市が最低競売価格を定めるにさいし、以上の事情を考慮に入れて評価額の三分の一程度の一二〇、〇〇〇円としたのは無理のない評価の仕方であつて、本件家屋の最低競売価格を定めるにつき重大な過失を犯したものと断ずることはできない。

したがつて、原告へ還付すべき競落残金は、当事者間に争のない競落代金二一四、〇〇〇円のうちから滞納徴収金及び滞納処分費計三七、二五六円を控除した一七六、七四四円となることが算数上明かであるから、被告市は原告に対し、右金額とこれに対する訴状送達の翌日であることが記録に徴して明かな昭和三一年五月二五日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、本訴請求は右の限度において正当として認容すべきであるが、これを超える部分は失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用し仮執行の宣言を附するのを相当でないと認め主文のとおり判決する。

(裁判官 千葉実二)

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